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絵を描かないなら眠る

 いつからだっただろうか、絵を描かないなら眠る、と思い始めたのは。

 会社で二泊三日の研修があったとき、研修が嫌すぎて前日の先輩との飲み会でも泣いたし当日も普通に研修中に泣いた。でも、研修中に一緒に居た同期の励ましの言葉がずっと頭に残っている。「お前絵が上手いじゃん、すごいじゃん」って。

 そのとき何を見てそう言ってくれたのか今となっては思い出せないけど、傘か何かの小物に貼ってあったオタクっぽいステッカーだったような気がする。その同期は同人活動のことを一切知らなそうな様子で、趣味について説明するのも難しかった。というか大抵の人はそうだ。だから、その言葉をかけられたときも、きっと同人界隈のことを何も知らないだけだろうな、自分より絵の上手い人間なんて身の回りにいくらでも居るのに、と思ってしまった。でも、何も知らないからこそ、その言葉が一般人にとっての本当の感覚なのかもしれないと、そう思って、本当に嬉しかった。

 インターネットをやってる人間は、絵の上手い人に「あなたは絵が上手いですよ」なんて言わない。なぜなら、そんなことは絵を見れば分かるからだ。日本人に対して日本語が上手ですねと言わないのと同じだ。だから、そんなことを言われる機会なんてほとんどない。もちろん、絵が下手だと思われているのなら、なおさら言われることはない。

 でも、その人の言葉からは少しも濁りのようなものが感じられなくて、自分はその言葉を信じて生きていたいと思った。その人は本当に人を褒めるのが上手い人間だった。それだけが理由じゃないかもしれないけど、とにかく、その時の言葉がどうしても忘れられなかった。

 仕事がつらいとき、この苦しみがあと何十年も続くのかと感じたとき、時々考える。ああ、もう眠りたいな、もう眠ろうかな。そんなときにふと思い出す。あのとき、自分は褒められた。それは、自分が生きることの意味になる。どうせ眠ってしまうのなら、一度眠ったつもりで、全部台無しになったつもりで、自分の全部を壊して、絵を描こう。自分の健康も、貯金も、今の職も、全部壊すつもりで、絵を描こう。そうすれば、眠らない理由になる。自分が生きていても良い理由になる。

 だから、絵を描かないなら眠る。